座談会御書講義

座談会御書「千日尼御前御返事」講義(2021年10月度)

此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし、南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめられては腸わたをたつ

この法華経の経文は、一切経の中で最も勝れている。地を走る者の王である師子王のようである。空を飛ぶ者の王である鷲のようである。南無阿弥陀仏の経などは、雉のようであり、兎のようである。鷲につかまれては涙を流し、師子に責められては腸を断つのである。

背景と大意

今回、みなさんと学んでまいります「千日尼御前御返事」は、佐渡の女性門下である千日尼に与えられたお手紙です。

千日尼の夫といえば、阿仏房です。

阿仏房と千日尼の夫婦は、佐渡で大聖人と出会って入信した後、食料や紙などを大聖人に届けて、大変厳しい佐渡での生活をお守りしました。

また大聖人が身延に入山した後も、高齢の阿仏房は何度も大聖人の元を訪れ供養の品を届けたとされています。

今回学びます千日尼御前御返事は、阿仏房が三度目に大聖人を訪れた際に、佐渡で留守を守る千日尼が阿仏房に託した大聖人へのお手紙の御返事と考えられています。

本抄の冒頭には、千日尼が書いた手紙の一節が引用されています。

そこには、「女人の罪障は深いので成仏は叶うものであろうかと思っていましたが、日蓮大聖人の御法門に法華経は女人の成仏を第一とすると説かれていますので、すべてはそれを頼みとしています」とあります。

千日尼が綴っているように、大聖人の女人成仏の教えが、どれだけ、当時の女性にとって希望となったことでしょうか。

阿仏房夫妻は、流罪中の大聖人に、人目をしのんで食事を運び、そのために、所を追われ、罰金に科せられ、屋敷を取り上げられるまでの難を受けながら、信心を貫きました。

更に身延入山後も数度にわたって御供養の品を大聖人にお届けしており、大聖人は、その志は大地よりも厚く、大海よりも深く、成仏は間違いないと述べられています。

今回学びます拝読箇所は、法華経こそが最高の経典であることをわかりやすい例えでダイナミックに表現された有名な御文です。

法華経こそが、全ての人が成仏できるという真実を明かした、全ての経典の中の王です。

また、その王たる法華経を実践する人もまた、人間の中の王者なのです。

日蓮大聖人が教えてくださっている宗教界の王者の烈烈たる大確信をともどもに学んで参りましょう。

解説

まず、「此の経文は一切経に勝れたり」とあります。

ここで一切経とあるのは、仏教のみの話ではありません。

ありとあらゆる宗教・思想を指していると考えるべきでしょう。

そのありとあらゆる宗教・思想の中で、法華経だけが真実の教えを説いているということを「地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」と強調されています。

つまり、どのような思想や宗教が広がっている地域であっても、法華経は、師子王の如く、また鷲の如く、王者のように勝っていくということです。

なぜ法華経が“諸経の王”なのか。

その理由は、一念三千・十界互具の法理に基づき、万人成仏を説いているからです。

もう少し詳しくいうと、法華経では、女性や悪人を含む、いかなる人間であっても、その身を改めることなく、つまり生まれ変わったりする必要もなく、その身のまま、自身の仏界の生命、最高の生命状態を開くことができると説いているのです。

凡夫である私たちの現実の身に、仏界という最高の生命の働きを現していくこと、それが即身成仏であり、法華経が明かしている真実の成仏のあり方です。

続く御文には「南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめられては腸わたをたつ」とあります。

真実の成仏を説いている法華経に比べれば、全ての宗教や思想は、はかない教えでしかないとの仰せです。

持妙法華問答抄には、「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」という御文があります。

これは、「持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである」という意味です。

また、百六箇抄には「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」とあります。

いかに勝れた「法」であっても、それを実践する「人」がいて初めて、その偉大な力は現実の上に顕れる、ゆえに、人も法も尊いという意味です。

つまり、この経を持った人も、地走る者の中にあっては師子王のごとく、空飛ぶ者の中にあっては鷲のごとく、最高の人生を歩んでいくことができるということなのです。

また、師子王と鷲の譬えは、現実の戦いの上で勝利することを示されています。

「仏法は勝負」です。

戦いにおいては王者として、常に勝利していくのが法華経の行者です。

雉のごとき、兎のごとき輩には、完膚なきまでに圧勝して参ろうではありませんか。

池田先生はつづっています。

「『宗教界の王者』とは万人成仏の法を明かした『一切経の王』たる法華経の精神を身に体して、広宣流布という最も至難な大聖業を遂行する王者のことである。『地走る者の王』の如く走り叫び、民衆を不幸に陥れる邪悪を打ち破る正義の師子王のことだ。我ら創価の師弟は、未来永遠にこの『王者』の心で、威風も堂々と戦い続けていくのである」

まとめ

私たちは、日蓮大聖人の最強最高の教えによって、幸せなことに、この身に仏界を開くことができます。

学会員は、まさに民衆の中の王者であり、戦いにおいては誰に負けることもない最強の戦士です。

日々襲ってくる経済苦や病苦などにも一歩も引くことはありません。

困難の最中にもかかわらず大聖人に供養し続けた阿仏房や千日尼のように、自身の嘆きを跳ね返して、目の前の戦いに全力で挑んで参ろうではありませんか。

我々は地走る者の王、師子王です。

師匠、池田先生の弟子らしく、今日も明日も一歩前進の戦いを起こして参りましょう。

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