座談会御書講義

座談会御書「寂日房御書」講義(2021年11月度)

夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり

およそ人身を受けることは、まれなことである。すでにそのまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これにもまたあうことができた。しかも同じ仏法の中でも、法華経の題目にあい、その結果、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。まことに、まことに過去世で十万億の諸仏を供養した方であろう。

背景と大意

今回、みなさんと学んでまいります「寂日房御書」は、日蓮大聖人が58歳の時に、弟子の寂日房を介して女性門下に与えられたお手紙です。

その内容から、お手紙をいただいた人は、大聖人の御両親とも縁がある女性門下であると推定され、本抄は大聖人が御本尊を女性門下に授与されるに際して贈られたもののようです。

本抄では冒頭、私たちが人間として生まれることが、いかに稀なことであるかという点から説き起こされ、その中でさらに仏法に出会えることの難しさを教えられます。

大聖人の門下として、法華経の題目を信じ、実践することができるのは、過去世で十万億の諸仏を供養した功徳と等しいとされます。

また、大聖人ご自身が「日本第一の法華経の行者である」との宣言をされて法華経を身で読みきられたと述べられ、末法の御本仏であられることを明かされています。

そして、末法の御本仏であられる日蓮大聖人と同じように法華経を弘めていきなさい、法華経の行者として生き抜いていきなさい、と女性門下に重ねて仰られています。

御本尊を授与されるにあたって、まさに地涌の菩薩としての自覚を促されているのではないでしょうか。

最後に、御本尊を受持して生涯、怠ることなく、唱題していくよう励まされ、本抄を結ばれています。

今回学びます拝読御文は、本抄の最初の部分、仏法に巡り会えたことがいかに素晴らしい幸運であるかということを述べられた一節です。

身の福運を感じつつ、悔いのない人生を歩むために、ともどもに報恩感謝の精神を学んで参りましょう。

解説

まず、「夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり」とあります。

大聖人は、これから御本尊を受けようとしている女性門下に対して「あなたはすでに受け難いはずの人身を受けることができている」とされ、その上でさらに「又あひがたきは仏法・是も又あへり」として、「さらにあい難き仏法にも出会えている」と仰せです。

諸経典には、人間として生まれ、正法を聞く難しさを、優曇華(うどんげ)に譬えています。

優曇華とは、仏典に出てくる想像上の植物で、三千年に一度開花し、この花が咲けば仏が出現するといわれています。

人間として生まれることがまれであるばかりでなく、仏の出現にはさらにあいがたいのです。

また別の譬えでは、大海にすむ一眼の亀が広大な海の中で自分の身を癒すための栴檀の浮木にあいがたいことを示して、人間に生まれることの難しさ、さらには正法を聞くことの難しさを教えられています。

続く御文に「同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり」とある通り、このようにして、本来あり得ないほどの確率で出会えた仏法の中でも、さらに法華経の題目にあって、その結果、南無妙法蓮華経の行者となれたと仰せです。

「まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり」との仰せは、日蓮大聖人の門下として、法華経の題目を信じ、実践修行することができる福運は、まさに過去に十万億の諸仏を供養したに等しいとのことです。

過去十万億の諸仏を供養する者」とは、法華経の法師品第十に書かれてあることを指しています。

それは、過去十万億の諸仏に供養した大果報の人が、苦悩する衆生を救うために、法華経を自行化他にわたって実践する「法師」として、あえて人間社会に生まれてくるという内容です。

ここで説かれている「法師」とは、自ら法を実践し、人にも法を弘めていく自行化他の「題目の行者」です。

言い換えれば、自行化他にわたって南無妙法蓮華経と唱えていく「題目の行者」の生き方こそが、大果報の人に相応しいのだと教えてくださっているのです。

大聖人が「まことにまことに」と2度繰り返し仰せになっているところから、末法において日蓮大聖人の門下として法華経の題目の行者となった人間が、いかに絶大なる福運をもっているかを強調されているものと拝せられます。

本抄では「題目の行者」としての人生を全うしていくためには、「法華経の行者」であり末法の御本仏であられる日蓮大聖人を師匠として、師弟不二の信心を貫くべきであることを教えられていきます。

まさに大聖人は女性門下に御本尊を授与されることで、師弟不二の信心をさらに深めようとなされたのではないでしょうか。

私たち創価学会員は、日蓮大聖人直結の大福運の人であることは間違いありません。

さらに私たちには、あいがたきを巡り会えた創価の師匠、池田先生とともに戦うことができる宿縁深き使命があります。

師匠とともに、広宣流布という最高の使命深き人生を朗らかに前進しようではありませんか。

池田先生はつづっています。

「深き宿縁によって、人間として生まれ、あいがたき仏法に巡りあえた我らである。この人生が、いかに尊いことか。空しく過ごして、断じて悔いを残してはならない。一つ一つの苦労が『今生人界の思出』となり、金剛不壊の『心の財』となる。仏法の世界に無駄はない。『決意』を即『行動』として、わが人生を“勝ち戦”で飾りゆけ!」

まとめ

私たちは誰一人かけることなく、「苦悩する衆生を救うために、あえて人間社会に生まれてきた」大福運の使命ある人材です。

創立の月・11月を師匠とともに迎えられることに報恩感謝し、決意を即行動とする戦いを起こしながら、同志と肩を組み、勝利の人生を歩んでまいりましょう。

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