座談会御書講義

座談会御書「減劫御書」講義(2021年8月度)

法華経に云く「皆実相と相違背せず」等云々、天台之を承けて云く「一切世間の治世産業は皆実相と相違背せず」等云々、智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり

法華経の法師功徳品第19には「(法華経を受持し抜いた人が世間のいかなることを説いても)みな実相に違背しない」とあり、天台はこれを承けて「世間一般の生活のための仕事や、なりわい等の社会的行為は、みな実相に違背しない」と言っている。智者とは世間の法以外に仏法を行ずるのではない。世間において世を治める法を十分に心得ている人を智者というのである。

背景と大意

今回、みなさんと学んでまいります減劫御書は、2度目の蒙古襲来が起こるのではないかと、社会全体が騒然としていた時期に書かれた御書とされていますが、具体的にいつ頃、誰に宛てて書かれたかについては詳しくはわかっていません。

題号となっている「減劫」とは、人間の生命力が心身とともに衰えていく、寿命が縮まっていく時代のこと。

逆に生命力が増して、寿命が長くなっていく時代を増劫といいます。

日蓮大聖人は、減劫においては「貧瞋癡の三毒」をはじめとして、人間を不幸に陥れる生命の迷いが起きて、人の心の悪が深くなり、より優れた仏法でなければ人々を救うことができなくなると教えられています。

貧瞋癡の三毒とは、人間を悩まし迷わせて害し、誤りに導く、根本的な3種の煩悩のことで、「貧とは、むさぼり」自分の欲するものに執着する心、「瞋とは、いかり」好ましくないことに対する悪意、「癡とは、おろか」正しいことを知らない無知、をそれぞれあらわしています。

本抄では、末法において、人間の心身の生命力を奪う貧瞋癡の悪の力が、釈尊が諸経で示した智慧の力を凌駕していて、それが亡国の根本原因であると明かされています。

このような時代にあって、どのような智慧の人が人々を救うことができるか。

それは、仏法と世法、つまり世間のことわりの全てを覚り究めている人です。

仏法と世法の全てを覚っているのが仏の智慧であり、そうした智慧をもって、はじめて人々の苦悩を根本から取り除くことができるのです。

では、そのような智者とは誰のことか。

それは一切衆生の救済のために命をかけて戦ってこられた日蓮大聖人のことであることは間違いありません。

そして、蒙古襲来などに触れて、これほどに悪いことが起こるのは、とてもいいことが起こる前兆である、とされ、南無妙法蓮華経が広宣流布していくことは間違いないとご断言なさっています。

今回拝読します箇所は、仏法の知恵は、世間の中でその力を発揮し、人々を現実社会の中で幸せにしていくことを述べられた、重要な一文です。

厳しい社会の中で戦い、しかも勝利していく、大聖人の仏法の真髄を学んでまいりましょう。

解説

まず、「法華経に云く「皆実相と相違背せず」等云々」とあります。

実相とは、真実の相のことであり、妙法のことです。

実相に違背せずというのは、世間のいかなることを説明しても、全て真実の妙法の通りであるという意味です。

続いて「天台之を承けて云く「一切世間の治世産業は皆実相と相違背せず」等云々」とあります。

一切世間の治世産業とは、世間における人々のあらゆる営みのことであり、政治や経済等の一切の現象も、真実の相と違背することはない、という意味になります。

智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」とある通り、一切世間の法は皆実相と違背しないのですから、仏法の智慧を承けた智者とは、世間の中で、世間の法の上で仏法を行じ、人々を導くことのできる人なのです。

つまり、仏法といっても、世間のことわりの外にあるものではなく、仏法の智慧は、現実社会の中で発揮されるものであると言えます。

生活上の事象と仏法とは別々のものではなく一体です。

世間の法がそのまま仏法の全体であり、仏法の真実の相は、生活現象の真っただ中にあらわれます。

つまり仏法を知るということは、人々が何を求め、どうすれば幸せになれるかを知ることでもあるのです。

具体的に言えば、正しく経済的な豊かさを得る方法を知ることも仏法であれば、人間関係において賢く振る舞うことも仏法であり、奥さんの機嫌をとる方法を正確に知ることも仏法です。

逆に言えば、社会の営み全てが仏法に違背しないということは、仏法を根幹に生きていけば、現実社会において勝利していくことができるということです。

仏法を根幹に生活するならば、経済的な苦しさから解放され、人間関係は豊かになり、奥さんはいつもご機嫌でいてくれるのです。

生活上の事象の一つ一つが、そのまま仏法そのものです。

社会や生活を離れて正しい仏法はありません。

創価学会の歴史とは、「仏法即社会」「信心即生活」を実践し、この大聖人の仰せを証明してきた歴史でもあります。

現実を離れ、リアルな生活を変えることができない宗教は「死せる宗教」です。

日蓮仏法の民衆救済の智慧とは、まさに社会の中で、世間の法の上で、リアルに人を変革することができる「生きた」真実の智慧なのです。

池田先生はつづっています。

「『仏法即社会』であり『信心即生活』」である。現実を離れて仏法はない。真実の智者とは、社会の真っただ中で戦い、社会で勝つ人である。妙法は、一人一人の人生を開く『根本の軌道』だ。いかなる試練も、題目を唱え智慧を出していけば、絶対に打開できる。必ず勝利の大輪が咲くのだ」

まとめ

仕事や経済の悩み、家族や子育ての悩み、病気や介護の悩み、将来の不安。

悩みや苦しみは誰しもが抱えているものです。

その意味では、社会生活とは苦しみとの戦いの場所でもあります。

では、この日々の厳しい現実社会でいかに勝利するか。

自他共の幸福を祈り行動し、社会のために貢献していってこそ真の智者です。

智者が戦いを起こすなら、必ず実生活に変革を起こすことができる。

もちろん、自分自身の成長を勝ち取れるだけではなく、同志の勝利、地域の繁栄、果ては世界の平和と一切衆生の幸福を実現していくことができるのが、私たちの信心です。

私たちは大聖人直結の真の智者として、智慧を最大限に生かした振る舞いで、全ての戦いで大勝利してまいりましょう。

-座談会御書講義
-

© 2021 御書研鑽しよう会