座談会御書講義

座談会御書「開目抄」講義(2022年5月度)

我ならびに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば、自然に仏界にいたるべし。天の加護なきことを疑わざれ。現世の安穏ならざることをなげかざれ。我が弟子に朝夕教えしかども、疑いをおこして皆すてけん。つたなき者のならいは、約束せし事をまことの時はわするるなるべし。

私ならびに弟子は、諸難があっても、疑う心がなければ、自然に仏界に至ることができる。諸天の加護がないからといって、疑ってはいけない。現世が安穏でないことを嘆いてはいけない。私の弟子に朝夕、このことを教えてきたけれども、疑いを起こして皆、信心を捨ててしまったようである。拙い者の習性として、約束したことを、いざという時には忘れてしまうものである。

背景と大意

開目抄は、数ある御書のなかでも5本の指に入るほど、大変重要な御書のひとつです。何が大事かといいますと、大聖人ご自身が、末法に現れた御本仏であるということを宣言している御書だからです。

当時大聖人は、権力者から命を狙われて、何の取調べもないままに首切りの刑となり、実際に刀で切りかかられるという究極の難、いわゆる竜の口の法難にあわれまして、奇跡的に命は助かったものの、佐渡の「一度行ったら生きては帰れない」といわれるような場所に島流しにされてしまいました。

このときに、多くの大聖人の弟子たちも、さんざんな迫害にあいまして、現代で言えば、いわれなきリストラや派遣切りで仕事を取り上げられたり、莫大な罰金を科せられて財産を差し押さえられたり住むところを追われたりと、一見すると大聖人の信仰をしていたせいで不幸のどん底にあるように思われていました。

やがてその思いは声となり「正しいはずの信仰をしていて、なんでこんな目にあうのか」、「大聖人自身が首を切られそうになったり流罪されたりしているのは、諸天の加護がないからじゃないか」という大聖人と信仰に対する疑問と批判が起こってきます。

そのせいで、当時の信者からは、バタバタ退転者がでまして、その勢いに大聖人ご自身も「1000人のうち999人は信心をやめてしまった」と感じておられたぐらいだったそうです。

そこで大聖人は、中心的な門下の一人であった四条金吾を通して、全信徒に宛てたお手紙を書こうと決意されるわけなんですが、なにせ大聖人は流罪にされる身ですから、そうやすやすとは落ち着いて手紙もかけません。

大聖人は首を切られそうになったという竜の口の法難の後、神奈川県で拘留されていたんですが、10月10日に出発されまして約1ヶ月かけて流罪地の佐渡に移動いたします。

流罪先の佐渡にも墓地がありまして、ただし墓地といいましても大聖人いわく「死人を捨てるところ」という感じの場所なんですが、そこにある三昧堂という名前の葬儀用のボロ小屋がありまして、そこに大聖人は入られることになりました。

その三昧堂に到着されたのが11月1日で、その日から、すぐさま大聖人は信徒をこれ以上誰一人迷わせまいとして、大長編のお手紙を書き始められます。

その数、大きな和紙に65枚、御書全集のページ数でいいますと実に51ページ分。ようやく書き終えたのが年を越して翌年の2月だったということですから、どれほど大聖人が思いを込めて書かれたということがうかがい知れるかと思います。

そしてそのお手紙が、今日拝読いたします開目抄であります。

第号の「開目」とは、文字通り「目を開く」ことであり、すべての民衆を救うために、「真実に対して目を開け」との呼びかけをされているものと拝されます。

ではこのお手紙で、大聖人が一体何を伝えたかったのか。

それこそが、大聖人が末法における御本仏なんですよ、ということだったわけです。末法の御本仏というのは、仏典にてらしてみれば「法華経の行者」でなくてはならないんですが、法華経の行者には、ガンガン魔が競ってきて、難に会いまくるというのは、実は法華経に書いてある通りなんですね。

だから、みんなも色々難にも会うし、魔が紛らわしく出てきて困らせようとするけど、それこそが正しい法華経の行者である証拠なんだから、絶対に信心を曲げてはいけませんよ、という激励をされているわけであります。

「正しいはずの信仰をしてるのになぜ、こんなひどい目にあうのだ」という疑問に対して、「それでも疑わずに戦い続ける人が仏なんだ」と明快に答えてくださっている御書なのであります。

解説

まず始めに「我ならびに我が弟子」とあります。

このほかにも、大聖人はその御述作のなかで、「日蓮並びに弟子檀那」や「我ら」といった表現で、大聖人に連なる門下一同を大聖人と同列に並べて語られることが幾度となくあります。

大聖人と同じ心で、仏道修行に励む弟子は、大聖人と同じ境涯で、同じ戦いができるということを教えていただいています。これを師弟不二と言います。

また一方的に、弟子に「ああしなさい」「こうしなさい」と命令するのではなく「我並びに我が弟子」とおっしゃられているのは、大聖人ご自身と一緒に一人ももれなく成仏させずにはおくものか、との大慈悲が込められているものと拝されます。

師匠は弟子に、法華経の行者である私と同じように様々な難がきても戦い抜いて勝ちなさい、と教えてくださっている部分です。

次に、「諸難ありとも疑う心なくば」とあります。仏界に至るためには、この「疑う心」があってはいけませんよ、という信心の要諦を教えてくださっている部分です。

そこにからさらに大聖人は、あえて天の加護がなくても、現世が安穏でなくても疑ったり嘆いたりしてはいけないとおっしゃる。その疑いや嘆きの心と戦うのが信心であります。

「今はすごくしんどいけど、これは宿命転換のチャンスなんだ」と前向きに捉える心が定まれば、周りの環境さえ変えていける信仰です。逆に、そこで信仰を疑っているようでは、何事も解決できないのは当然ともいえるでしょう。

我が弟子に朝夕教えしかども」とは何をさしているのか。ということですが、大聖人は常々、凡夫が仏になるときには「三障四魔」といわれる妨げが、それとわからないように紛らわしく出てくることや、広宣流布を進めようとすると「三類の強敵」といわれる大難が次々と現れることを門下に教えてきました。

しかし、「拙きもの」、つまり愚かな人っていうのは、いつも聞いていることであっても、「まことの時」つまり大事な時に限って、すっかり忘れてしまうものだ、ということを戒められております。

実際にこの当時、大聖人が流罪にされ、信徒も迫害を受けることで、退転者が続出してしまいました。

では、この「まことの時」とは、一体いつのことでしょうか。それは、この御文の中から読み取るとすれば、「諸難に会って疑う心が出てくる時」と言えるかもしれません。

信仰を貫く上では、誰もがこの「まことの時」に必ず直面いたします。この時代のように、門下一同が弾圧を受けるような「まことの時」もあれば、一人一人が自身の宿命と戦い、「三障四魔」との対決を迫られるような「まことの時」もあります。

つまり、難に直面し、苦難のさなかにいるときこそが、「まことの時」であり、言葉をかえれば、即ち「成仏の時」でもあると言えると思います。

その時に、信心で立ち上がるのか、それとも疑いや嘆きに敗れて信心を捨ててしまうのか。

創価学会には偉大な師匠があり、そして同志の暖かい励ましがあります。信仰を、師匠を、そして同志を疑う心がなければ、「まことの時」は、必ず乗り越えることができる。そう確信してまいりたいと思います。

池田先生はつづられています。

「この御文の身読が、創価学会の永遠の生命線です。常にこの御文に立ち戻り、前進していけば、私たちの信仰は不滅の輝きを放つからです。この御文の精神に照らせば、私たちが難に直面した時は、全て『まことの時』です。三障四魔が競い起こった時も、自身の宿命転換の時も、広宣流布の活動の“剣が峰”の時も、『まことの時』に反転攻勢できる信心が不可欠です。その信心を私たちは、日々、大聖人から教わっているという自覚に立つことです。断じて『つたなき者』になってはならない」

まとめ

また、小説、新・人間革命の第19巻「凱歌」の章にはこうあります。

「人生には、自分が試される“まことの時”がある。ゆえに、日ごろ、いかなる心構えで生き、どう努力しているかが大事になる。日々、地道な精進を重ねていてこそ、いざという時にチャンスをものにすることができるのだ」

私自身、この開目抄の魂を自分の決意にかえて、生涯不退転を師匠・池田先生にお誓いし、目の前の戦いに全力を尽くしてまいります。

そして、今こそ「まことの時」の一念で、今日も明日も、日々、前進しようではありませんか。

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