座談会御書講義

座談会御書「聖愚問答抄」講義(2021年12月度)

されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、例せば籠の内にある鳥の鳴く時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て籠の内の鳥も出でんとするが如し

(全ての人が具えている仏性を妙法蓮華経と名づけるので)一遍でもこの妙法蓮華経を唱えるならば、全ての人の仏性が皆呼ばれて、ここに集まる。その時、わが身の法性である法報応の三身もともに引かれて顕れ出る。これを成仏というのである。例えば、籠の中にいる鳥が鳴く時、空を飛ぶ多くの鳥が同時に集まる。これを見て、籠の中の鳥も出ようとするようなものである。

背景と大意

今回、みなさんと学んでまいります「聖愚問答抄」は、その第号の通り、聖人と愚人が問答する形式で書かれた御書です。

ここに出てくる愚人とは、当時の武士の階級にあたる人を想定して書かれてはいますが、基本的に仏教に無知な人間を指しています。

一方の聖人は、日蓮大聖人ご自身です。

ただし、この愚人とは、大昔にいた架空の人ではありません。

人間は生まれた時からいつか必ず死ぬことが定まっていますが、普段は死ぬことの苦しみを忘れて生活しています。

この生きることと死ぬことの問題を解決できずに、苦しんでいるのが愚人です。

つまり、現代を生きている、まだ正法に巡り合っていない人々こそ愚人にあたる人です。

聖人、つまり日蓮大聖人は生死に迷う愚人に対して、仏教の浅いところから徐々に深いところへと手をひくようにさそって、仏教の究極の法理にまで導きます。

本抄に出てくるご教示はそのまま、私たちの折伏・弘教の手本であり、友を信心の世界へといざなう根本精神として学ぶべきものです。

その中でも今回拝読します御文は、なぜ南無妙法蓮華経のお題目を唱えることで、その身そのままの姿で成仏できるのかを示した重要な御文です。

わずか七字のお題目が法華経二十八品の功徳と等しいのはなぜか。

それは全ての衆生が最初から持っている仏性そのものが妙法蓮華経だからであって、その仏性を呼びだすことができるのが、私たちのお題目なのです。

生命に備わっている仏性が呼ばれて顕れることで成仏できるという道理を、鳥の鳴き声が他の鳥を呼ぶ状況になぞらえて説明されているのが今回の拝読箇所です。

大聖人が示してくださっている、全ての人が幸せになれるという究極の法理を学んでまいりましょう。

解説

まず、「されば一遍此の首題を唱へ奉れば」とあるのは、この後の説明は、たった一遍のお題目の功力についてであるという意味です。

一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時」とある通り、たった一遍のお題目によって、全人類の仏性が呼ばれて集まってくるとの仰せです。

すると「我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり」との仰せが示す通り、成仏とは南無妙法蓮華経と唱えることで、仏性が集まってきて、それに応じるように自らも仏になる、ということなのです。

例せば籠の内にある鳥の鳴く時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て籠の内の鳥も出でんとするが如し」との例えでも明らかなように、鳥は仏性であり、仏性は全ての衆生、即ち全人類に最初から備わっているということです。

妙法蓮華経とは、世界中のあらゆる人類の仏性の名前であり、私達がひとたび御本尊に向かってお題目を唱えると、仏性が皆よばれて私達の所に集まってくる。

そして、それに呼応して、自身にそなわっている法報応の三身も顕れ出るので、そのことを「成仏」というのです。

法報応の三身とは仏の本質的な3つの特徴という意味ですが、要するに仏が仏であることの証明とも言える3つの特徴が、全ての人間に元々可能性として備わっていて、それがお題目によって表に顕れ出てくるので、成仏したと言えるわけです。

このような成仏観は、これまでの仏教の成仏の考え方を根本から変革するものです。

相当の修行を積んでも、普通の人間と仏の間には、超え難い溝があるというのが常識でした。

そういった成仏観では、成仏と書いて、仏になる、と読みますが、日蓮大聖人の教えでは、仏とひらくと読みます。

即ち、元々持っている仏性を呼び覚まし、仏界を開くことで、その身を改めることなく、成仏することができるのです。

また「一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる」との仰せは、依正不二、つまり自身と環境は一体であるという法理を表しています。

それはお題目を唱える人を諸天善神が守るという原理にもなっています。

題目を唱えることによって仏界が顕れて、歓喜に満たされた時、同時に、私達一人一人を取り巻く人間関係の環境も変化します。

それは、自身の変革が、即、環境の変革、につながっているということです。

広宣流布によって全民衆を幸福にするといっても、お題目によって自分自身の命を変革するところが出発点です。

自他共の仏性を呼び覚ます連帯を我が地域に広げてまいりましょう。

池田先生はつづっています。

「唱題には、一切の仏性を呼び集める大功力がある。ゆえに仏天の守護も厳然だ。病気や困難と闘う家族・同志や友人に送る題目は、一遍でも必ず通ずる。その功徳でまた自らの生命力も倍加する。妙法を唱え抜きながらの『立正安国』の対話は、自他共に仏性を顕しゆくと同時に国土をも大福運で包む聖業なのだ」

まとめ

2021年もいよいよ暮れが迫ってきました。

最後の最後まで無事故、健康をしっかりと祈念して、お題目を上げることの重要性をこの度の拝読御文から、再度確認させていただきました。

2022年「青年・飛躍の年」を皆が青年の心で、創立100周年に向けての最高の飛躍の年とできるよう、本年の総仕上げを勝ち飾ってまいりましょう。

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