座談会御書講義

座談会御書「経王殿御返事」講義(2022年9月度)

ただし御信心によるべし。つるぎなんども、すすまざる人のためには用いることなし。法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし。 

ただし(御本尊に偉大な功力があるといっても、それを現すのは)御信心によるのである。剣なども、進もうとしない人のためには役に立たない。法華経という剣は、勇敢な信心の人であってこそ役立てることができるのである。まさに鬼に金棒である。

背景と大意

今回、みなさんと学んでまいります「経王殿御返事」は、日蓮大聖人が52歳の時に流罪地の佐渡で認められた御書です。

第号にある通り宛名は経王御前となっておりますが、経王御前はまだ幼かったため、実際にはその両親である門下に送られたものとされていて、一説には、四条金吾かその婦人の日眼女に与えられたのではと言われています。

お手紙としては、決して長いほうではありません。

しかし、御本尊が大聖人の生命であり、この御本尊を深く信じることが大事であると強調されており、きわめて重要な内容であると言えます。

本抄では、信仰の正しいあり方はいかにあるべきかをとても明確にされていますが、この点をガッチリとご教示された御書はそれほど多くありません。

その意味でも、本抄がいかに重要な御書であるかがわかると思います。

大聖人は、まず経王御前のことを四六時中祈っていると述べられており、経王御前が幼い身でありながら病を患っており、両親が厳しい心労にさらされていることに対して温かい励ましを送られています。

そして大聖人が夫妻に与えた御本尊を肌身離さずにいなさいとご指導されます。

この御本尊は、前三後一という獅子王の勢いを持って、大聖人の全生命を注いで御図顕されたものです。

そして、御本尊を信じ抜くならば、経王御前が患っている病も南無妙法蓮華経という獅子吼で吹き飛ばすことができると仰せです。

ただし、この偉大な力を引き出すものは信心の強さであり、南無妙法蓮華経という法も、臆病であれば役に立たないと断言されています。

最後に、御本尊は、大聖人が魂を墨に染め流して御図顕されたものであり、大聖人の魂とは南無妙法蓮華経そのものであると述べられ、この御本尊に祈れば叶わないことはないと重ねて励まされて本抄を締めくくられています。

今回の拝読御文は、日蓮大聖人が法華経という剣は勇気のある人が用いてこそ役に立つことを示された箇所です。

大聖人の示された勇気ある信仰のあり方を一緒に学んで参りましょう。

解説

始めに「ただし御信心によるべし」とあります。

この前の御文には「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」と仰せになっており、御本尊に向かってお題目を唱えることのパワーをダイナミックに表現されております。

ただし、その偉大な功力を引き出すものは信心であるとの仰せです。

続く御文に「つるぎなんども、すすまざる人のためには用いることなし」とある通り、どんなにすぐれた名剣であろうと、それを使いこなすためには、技術と勇気が必要です。

続けて、「法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし」と仰せのように、お題目の力を充分に発揮させるためには、強い信心がなければならないとの信仰の真髄を重ねて強調されています。

「けなげ」とは勇気であり、力強さであり、深さ、まっすぐさを含んでいると拝されます。

信心が強く深ければ、それだけ、偉大な功力を十分にひき出すことができるのが、私たちの信仰です。

例えば、日本銀行券というお金がありますが、この一万円札というお金は信用で成り立っているお金です。

みんなが一万円の価値があると信じているから、一万円として通用するわけです。

私が今、100万円目の前に持っているのに、私自身がこのお金の価値を「本当はお金じゃないんじゃないか」と疑ってしまえば、途端に100万円のお金が、お金として使用することができなくなってしまうんです。

一生懸命お題目を上げて、札束を100万、200万と積み上げているのに、そのお金の価値を信じていないとしたら、こんなにもったいないことはありません。

積み上げた札束をきちんと使うには、札束の価値を信じることなんです。

どんな病も吹き飛ばし、いかなる障壁も乗り越え、絶対的な幸福境涯を得られると日蓮大聖人がお約束になった、この南無妙法蓮華経のお題目をどこまでも信じ抜けるか。

最後は、勇気です。

一万円かどうかわからないお金を持って、買い物に行ってレジでその一万円を渡すには、最後の最後、勇気がなければできません。

実際にこの信心で困難を乗り越えるには、このお題目を信じきってみせるという勇気がいるんです。

逆に勇気を持って信心で困難に挑むなら、それこそ、鬼が金棒を持つように、最大級の力を発揮できるのです。

池田先生はつづられています。

「長い広宣流布の道程にあっては、幾多の苦渋の嵐を受けるのは、御書に照らして当然の理なのであります。しかし、私どもには信心がある。信心とは勇気であります。幾多の大偉業も、すべて、この勇気という一点から実現したことを決して忘れてはならない。勇気のなかに真実の信仰があり、無限の希望と成長があり、時代の変革と新世紀への前進があるのであります」

まとめ

さあ、いよいよ「青年・飛躍の年」も後半戦。

私たちは、この信仰の力を最大限に発揮するべく、勇気を奮い起こして、すべての戦いに進んで挑んで参りたい。

そして、信心への強い確信のもと、さまざまな困難を勇気の剣で断ち切って、同志や友と共に幸福境涯を勝ち取って参りましょう。

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