座談会御書講義

座談会御書「三三蔵祈雨事」講義(2020年9月度)

夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ

そもそも、木を植える場合、大風が吹いたとしても、強い支えがあれば倒れない。もともと生えていた木であっても、根の弱いものは倒れてしまう。弱くて不甲斐ない者であっても、助ける者が強ければ倒れない。少し頑健な者でも、独りであれば悪道に倒れてしまう。

背景と大意

今回、みなさんと学んでまいります「三三蔵祈雨事」は、静岡県に住む西山さんという方に宛てて認められたお手紙です。

大聖人は54歳、この前年に「文永の役」と呼ばれる一度目の蒙古襲来があったばかりで、当時の人たちは再びの蒙古襲来を恐れていた時代背景です。

本抄の冒頭、大聖人は善知識の重要性を説きます。善知識とは、仏法を教えてくれる人のことであり、師匠や、先輩・同志などがあてはまります。

逆に、悪知識とは、仏道修行を妨げたり不幸に陥れたりする悪人や悪友のことです。

善知識と悪知識

大聖人は本抄で、「仏になる道は、善知識に勝るものはない」とおっしゃられており、善知識にあうことは、成仏において最も重要なことです。

しかし、実はこの善知識は爪の上の土のように少なく、逆に悪知識は大地の塵よりも多いとされていて、善知識に巡り合えることはとても貴重なことです。

大聖人は本抄で、善知識か悪知識か、仏法の正邪を識別する方法として、「道理」と「文証」が大切であることを説き、そしてそれよりも「現証」が大切であると述べられます。

この「文証」「理証」「現証」の三つを「三証」と言います。

三証

「文証」とは、その宗教の教義がよりどころとする経文、聖典のうえで裏づけをもっているかどうか。

「理証」とは、その宗教の教義や主張が道理にかなっているかどうか。

「現証」とは、その宗教の教義に基づいて信仰を実践した結果が、生命や生活、そして、社会にどのように現れたか、ということです。

創価学会初代会長・牧口常三郎先生は、分かりやすく「医者を選ぶ3つの条件」に当てはめて説明されました。

学歴や肩書き専門等を考えるのは、文証にあたります。

その医者が多くの病人を現に治しているかどうかは、さらに大事な条件であって、これが現証です。

しかもその治療法は、医学上、合理的なものであることが納得できるならば、もはや何の不安もない。

これが道理、すなわち理証です。

ちゃんとした免許や肩書きがなかったり、治療法が科学的でなかったり、現に誰も治せていない医者に、病人の治療を任せるわけにはいきません。

つまりこの三証のどれか一つが欠けても正しい宗教とはいえないのです。

その意味では善知識とは、日蓮大聖人の一門のことです。

本抄で大聖人が西山さんに最初に教えられたのが、この「善知識を求めよ」の一点でした。

今回の拝読御文は、本抄冒頭の「善知識」の大切さを、樹木などに譬えられた有名な箇所です。

善知識の重要性を一緒に学んで参りましょう。

解説

始めに「夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず」とあります。

大聖人は仏道修行に励む者を「木」にたとえられ、仏道修行を妨げる働きを「大風」にたとえられています。そして「つよきすけ」とは、善知識のことです。

続く御文にも、「本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず」とある通り、ここでも善知識として「たすくるもの」によって信心が倒れないように支えられると述べられます。

最後には、「すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ」とされていて、善知識を味方につけないまま成仏することの難しさが伝わってきます。

大聖人はこの御文を通して、仏道修行において善知識の存在が最も重要であり、善知識によって成仏が可能になることを教えてくださっています。

では、その最重要たる善知識とは、私たちにとって何にあたるでしょうか?

ズバリ、現代においての善知識とは、万人の仏性を開く「励まし」の世界を広げゆく、創価学会員お一人お一人のことです。

まさに創価学会は、善き同志が集いあう善知識の集合体です。

釈尊が、「善き友を持ち、善き友と共にいることは、仏道の全てである」と語った通り、私たちが励まし合い、共に手を取り合って広宣流布に邁進する姿こそ、正しい仏法の実践にほかなりません。

池田先生はつづられています。

「学会の組織が、どれほど大切か。どれほど、ありがたいか。何ごとであれ、組織や人との切磋琢磨を避け、自分だけでやっていこうとしても、往々にして、放縦となり、わがままとなってしまうものだ。状況に流されて、自分自身の尊き使命を忘れ、放棄してしまったならば、自由なようで、もっとも不自由な人生である。学会の組織には、励ましがある。鍛錬がある。修行がある。向上がある。そこで戦っていくことが、揺るぎない『幸福の土台』をつくっていくのである」

まとめ

一見、立派なような人であっても、不意に「大風」が吹けば思いもよらぬ苦境に立たされてしまうことがあります。

現に今も、仕事における「大風」や、健康面の「大風」で、信心が試されるような思いの人もいることだと思います。

創価学会は、善知識の集合体です。誰一人の孤独を見逃すことなく、「大風」に倒れないために手を取り合っています。

もし今、あなたが「大風」と向き合っているのならば、どうか独りにならず善知識のそばに身を置いて下さい。

それは決して誰かに迷惑をかけることではなく、同志と共に「幸福の土台」を作ることなのです。

先行き不透明な時代だからこそ、同志や友との連帯をさらに深め、全人類の善知識となるべく、師匠とともに広宣流布の前進に取り組んで参りましょう。

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