座談会御書講義

座談会御書「生死一大事血脈抄」講義(2017年1月度)

生死一大事血脈抄タイトル

総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく 水魚の思を成して異体同心にして 南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か

総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼と此という分け隔ての心を持たず、水と魚のように親密な思いを抱き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えていくことを生死一大事の血脈というのである。しかも今、日蓮が弘通する肝要はこれである。もし、この通りになるならば、広宣流布の大願も成就するであろう。

背景と大意

今回学びます生死一大事血脈抄は、最蓮房という弟子に与えられた御書とされています。

最蓮房は元天台宗の僧侶です。

僧侶というだけあって仏法についての見識が深いので、仏法における重大な問題を日蓮大聖人に質問します。

それは、当時の天台宗で「奥義」とされていた「生死一大事血脈」についてでした。

その質問に対して大聖人がお答えになったのが今回の御書です。

ですから、御書2ページ分と短い御書なんですが、内容はとてもとても難しいんです。

ところで、最蓮房の質問、「生死一大事血脈について」ですが、質問の意味がわかりにくいですよね。

分解して説明します。

まず「生死」とは生きる死ぬという生命の働きのこと。

一大事というのは最も大事なこと。

つまり「生死一大事」とは、ごく簡単に言えば、生命にとって、また、成仏にとって最も大事なこと。という意味です。

また「血脈」というのは、仏さまから皆さまに正しく大事なことが伝えられていくことを親から子へ血筋が受け継がれることに例えた表現です。

合わせると「生死一大事血脈」とは、現代の私たちに当てはめれば、「日蓮大聖人の弟子として正しく受け継ぐべき最も大事なこと」という意味になります。

では、その最も大事な事とは何か?

大聖人は答えます。

それは、すべての人を幸福にすることができる「究極の教え」、すなわち「妙法蓮華経」ことである、と。

そしてその「究極の教え」を弟子が正しく受け継いでいくためにはどうしたらいいか、について、大聖人は「3つのポイント」にまとめて教えてくださっています。

まず、一つ目のポイントが、私たちの命にはもともと仏の生命が「具わっている」ということを信じてお題目をあげる、ということです。

二つ目は、絶対に退転しない。信心を保ち続けること。

そして、三つ目が、みんなが団結して心を一つに信心に励むことです。

また、生死一大事血脈とは、「信心」を奮い起こして南無妙法蓮華経と唱えること以外にはない、ともおっしゃっております。

仏法にとって最大の「奥義」とも言える「生死一大事血脈」ですが、限られた一部の人に特別に授けられるものではなく、最も大事なこととは、お題目をあげることでしかない、とおっしゃられたのであります。

「妙法蓮華経」という絶対に幸せになれる法と「信心の血脈」を、すべての民衆に受け継がせたい、すべての人を幸せにしたい、というのが日蓮大聖人の熱い熱い思いなのであります。

簡単にまとめますと、弟子として受け継ぐべき最も大事な事って何ですか? という問いに対して、生死一大事血脈とは、個人としては、自身に具わる仏の生命と南無妙法蓮華経を「生涯信じきること」であり、また組織としては「皆で団結して心ひとつに信心に励むこと」である、と答えたのが、今回の御書なのであります。

解説

先ほど、血脈を受け継ぐための3つのポイントをご紹介しましたが、その3つめのポイントに当たるのがこの御文です。第1、第2のポイントは、個人に血脈が通う信心の在り方を教えてくださっていましたが、この3つ目のポイントは広宣流布を目指す組織・団体に血脈を通わせる最重要ポイントを示してくださっています。

広宣流布とは、日蓮大聖人の仏法を世界中に広めていくという創価学会の中心的目的のことです。

世界中の人を幸せにしようという、この広宣流布を進めていくうえで、我々にはどんな心構えが必要か。

まず、1点目に「自他彼此の心なく」とあります。

自分と他人を差別したり対立する心を持たない。

利己的な「心や感情」を、乗り越えていく挑戦です。

次に、2点目に「水魚の思いを成して」とあります。

離れがたい親密な情を表した言葉ですが、すなわち、水と魚のように、互いに支えあい、尊重しあい守りあい、感謝しあっていく、ことであります。

そして、3点目に、「異体同心にして」とあります。

異体同心とは、広宣流布を進めるにあたって私たちが団結するときに最も大事な指針です。

「異体」とは、それぞれの個性や特質、立場などが異なること。

「同心」とは、志、目的を同じくすることです。

よく似た言葉に「一心同体」というのがありますが、たとえ心が一つでも、体が同じでは個性がなくできることも同じです。

「異体同心」の本質は、同じ目的に向かって、一人一人の可能性や個性が最大限に発揮されていくことにあります。

では、その心を一つにする「同心」とは何を指しているか。

それは、ご本尊を信じる心を同じくすることであり、広宣流布という大目的を各人の「使命」と決めることにあります。

この「自他彼此の心なく」「水魚の思いを成して」「異体同心にして」という3つの心構え持って、そして、「南無妙法蓮華経と唱え奉るところを生死一大事の血脈とは言うなり」、ご本尊を根本に信心に励んでいくことが、大聖人の教えを受け継ぐことなのです。

さらに「しかも今、日蓮が弘通するところの所詮これなり」とあります。

「所詮」というのは「突き詰めると」という意味ですので、日蓮大聖人の活動の「究極の目的」は、この「異体同心」という、うるわしい生命の連帯の実現にこそあるということです。

引き続いて「もししからば広宣流布の大願も叶うべきものか」とありますように、この「異体同心」の団結を積み重ねていけば、広宣流布も必ず実現できるとご断言されております。

日蓮大聖人はこの御文を通して、広宣流布の前進、そして「拡大」に最も大事なものは「異体同心」の団結であるということを教えてくださっています。

逆に信心の団結なしに「勝利」も「拡大」もあり得ません。

池田先生は、「一人一人が、師と心を合わせ、広宣流布に前進する決意を深めていった時に、初めて異体同心の団結が固まる。そこにこそ、妙法の功力が燦然と発揮されていくのである」と教えてくださっております。

まとめ

広宣流布は、日蓮大聖人の悲願であり、創価学会が存在し続ける理由の一つでもあります。

志を同じくして目標に向かうとき、自分たちの最大限の力を存分に発揮していくことができるのがこの信心です。

私たちも師匠池田先生と心を合わせ、皆で祈りを合わせて、異体同心の団結を持って、「拡大」に次ぐ「拡大」で勝ち進んでまいりましょう。

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